純真で無垢な人

 少し前に、ある社会学者が大学を辞職したというニュースを知った。このブログでも、たびたび著作や文章を紹介したことがあるので、思うことなどを書き記しておくことにする。
 なんでも学生とのあいだに不適切な関係があったということで、本人が辞職を申し出たらしい。ただし、ネットで飛び交っている噂を読んでも、正確なところはよくわからない。
 いったい何があったのだろうか。ただ、編集者として仕事でご一緒させていただき、原稿を預かったこともある私としては、ひたすら驚くしかないし、そして、とても残念に思う。
 初めて対面したときの印象は、今でもはっきりと記憶している。私は、その人のたたずまいや肉声から、反射的に、ドストエフスキーの『白痴』のムイシュキン公爵を想起した。
 純真で無垢な人。そして、たぶん、おそろしく孤独な人。あるいは、孤独なたたかいをしている人。それが、彼の第一印象であり、それは、その後も、まったく変わっていない。
 ただ、純真で無垢であることが、人を傷つけることもある。孤独であるそのことが、他者にとっては恐怖の対象になることもある。あるいは、嫉妬の対象になることも多かろう。
 このところ哲学の本ばかり読んでいたのだが、久しぶりに彼の書いたものを読もうと思い、『群像』の連載のコピーとりを完了したところだったので、ほんとうにびっくりした。
 とはいえ、目の前の仕事の目途が立ったら、予定通り、第一回からていねいに読んでみようと思う。キリストの死についてどのように考察が深められているのか。興味津々である。